おチビは日に日に好き嫌いが激しくなり、野菜嫌い爆走中。
幼児期に食べていた類も「嫌い!」を連呼するようになりました。
大好きだったキウイフルーツも「嫌い!」
煮豆もカボチャも栗も「嫌い!」
遂には緑の色が見えたら一口も食べたくないと言う・・・
好き嫌いのない私には何とも理解し難い感情です。
とある日の二人きりでの食事中、私はおチビに話して聞かせました。
「遠い遠い昔にね、ブッタと言う方が弟子に言われたそうな」
難しい教本や説法は知らないけれど。サクッとまとめるならつまり━━
「決めるのは、アナタ」
人参は、人参。
それ以上でも以下でもなく。
その人参を「苦い!」と感じるのは、アナタ(おチビ)。
同じ人参を「甘くておいしい!」と感じるのは、私。
おチビが食べる一切れだけが苦い訳ではなく。
私が食べる一切れだけが甘い訳ではなく。
「決めるのは、アナタ」
人参の味は、食べる人によって変わるのではなく。
おチビがどんなに「人参は苦い!」と言っても、その人参を苦く感じているのはおチビ。
「甘くて美味しい♪」と言って食べる私には美味しい人参。
だから「コレは甘くて美味しい人参」と思って食べてみよう。
チビ「甘くない!苦い!美味しくない!嫌い!」
フッフッフ…
「今、野菜の悪口を言ったね」
この人参とおチビは今ここで初めての出会い。
初対面の相手に「嫌い!」なんて悪口言われたら、絶対嫌な思いをする。
そんな奴に「美味しくなって喜んでもらおう♪」とか「栄養になって役立とう♪」とか、絶対思わないよ。
逆に「不味くなってやる!」とか「栄養になんかならねーよっ」ってなるだろうね。
そして私は「美味しい♪栄養になってくれてありがとう♪」って食べてるから。
食べられる人参だって嬉しくて、もっと美味しくなってくれるかも。
すごい栄養になってもらえるかも。
これは人参に限った事ではなく、全ての事象に当てはまる。
それこそ道端に落ちている小石でも。
拾ったその人には「きれいな石」にも。
「邪魔な石ころ」にも「便利な石ころ」にも。
ただの小石も、何とでも変わる。
「決めるのは、アナタ」
例え誰かが道端の小石を指さし「変わった石だ」と言われても。
それを聞いて小石を見たアナタが「普通の石だろ?」と思えば、アナタには「普通の石」。
でも、「変わった石だ」と言われて「これは変わった石なのか」と思ったアナタには、それは「変わった石」になる。
「決めるのは、アナタ」
そして「決めたのも、アナタ」
さて、おチビちゃんや。
そんなに野菜に「嫌い!嫌い!」って言ってると、どんどん野菜も嫌な味になるよ。
むしろ野菜も「苦い苦い!」って言われるから、頑張って「苦くなろう」ってしてるのかもね?w