自分が言った愚痴は、自分への助言

気付けは1か月以上も更新していない(汗;

書きたいな、と思う事は多々ありまして、空いた時間にポツポツ下書きに書き留めている・・・書きかけの記事が、増えてます・・・(汗;

下書き一覧開いたら、丁度1年前位に書いたのが面白かったので、一つUPします(^-^;

 

-+-+-+-

 

時々ですが、ネットやリアルで、その人が発する話がその人自身へ向けられているように、感じます。

 

夫の職場に入った新人さんに、現代っ子と言うか、とにかくやる気がなく、事あるごとに「辞める!」を連発する方がいるそうです。

この春の新卒で、現場での知識も技能も経験も、まだまだ浅い新人さん。

ずっと親元で暮らし、バイト経験もなく、高校生より自由時間が多い大学生活は、正に黄金時代!

つい最近まで続いた、ユル~ユルな生活が、全然抜けてないのでしょう。


夫「昨日も仕事中に俺の仕事、掃除と片付けしかねぇし!って言いだしてさ」

 

もう嫌だ!

こんな仕事したくない。

早く辞めて家出てコンビニでバイトしたい。

私「その人、大学出た資格持ちだよね。もっと何か任せたら?」
夫「まだ一人で出来ないんだよ。しかも仕事中に携帯見てるし、夜明けまでゲームして居眠り多いし、遅刻も多いし」
私「恵まれてる自覚ないよね。掃除と片付けしかしてないのに、資格手当も貰ってるんだよ(笑」

 

仮にその人がバイトで稼ぐより、絶対に今の方が収入が多い、気がします(笑

ユル~い大学生活が続いた後、ベテランの先輩達と同じ現場で掃除と片付けの日々。

視点を変えれば、大学の教室で教科書から学ぶ日々から、実際の現場で玄人の仕事っぷりをすぐ隣で見て学ぶ、見習いになったのです。

 

私「辞めた方が本人の為じゃない?家出てバイトして自活すれば、そのユル~い根性もすぐ直るよ」

夫「今度言ってみようかな」

私「じゃあ辞めろって返しちゃえ。ただ、辞める辞める言う奴ほど、辞めないからね(笑」

 

 

その新人さんはユル~い考え方だから、新人さんにぴったりなユル~い職場にいるんです。

ダラダラして見えるかも知れませんが、ユル~いなりに、ユル~いままでいるとどうなるか、を学んでいます。

例えば周囲の対応が冷たくなる、とか(笑

そして私の夫にも、ユル~い新人をどう育てるか、と言う課題になっています。

そのユル~い職場自体の問題はどうか、とも思うけど(笑

よほどの大事件でもない限り、急変は出来ないでしょうね。

気付いても、気付かなくても。

何かを学び、考えが変われば、変えた方角へ自然と流れます。

 

  

コンビニに行く度に感じる事。

店員さんの仕事振りのすごさ、質の高さ、本当に頭が下がる思いです。

何故これだけ出来るのにこの給料なんだと、申し訳なくも感じます。

まぁ、どの業界も多種多様でピンキリでしょうけれど(笑

この新人さんも、実際にバイトしてみたら、考えも変わるでしょう。

そして、社会の厳しさを知り、己の甘さを痛感するでしょう。

そしてきっと、言うのかな?

「前の仕事の方が良かった」

 

-++-+-+-

 

Ps.

この新人さんは今年の春、現場最前線からやや後方の部署に異動になりました。

今度の部署は年配の女性が多い?ようで、夫より厳しいかな?

多少の経験は積んだようですが、ユル~い所は余り変わっていないそうです(笑)

 

 

【追加】

新人さんが愚痴って言った、

「早く辞めて家出てコンビニでバイトしたい」

これに対し、私は

「辞めた方が本人の為じゃない?家出てバイトして自活すれば、そのユル~い根性もすぐ直るよ」

と言いました。

 

新人さん本人の発言の中に、現状と問題点と改善策、全てがあります。

同じ様に、リアルで身近にある会話、ネットでの記事やコメント。

感情的になって相手へ向けた愚痴や悪口、罵声等も、よく聞くと自身への忠言のように取れる内容だったりします。

考えた上での発言と違い、愚痴や悪口、感情的な発言は、無意識や本音が出ます。

無意識に自覚している状況と、問題点と解決策。

或いは、第三者的な存在からのご指導では?と感じました。

 

人は精神的な、魂的な成長のために、この世に生まれてくるのだといいます。

自分磨きのために、修行しに来ているのです。

自分のレベルに合った課題を選び、学び、理解して成長するために。

難題にぶつかり、不満愚痴や悪口、悪態をつきまくり。。。

そこへ、有意識では自覚がなくても、無意識や、第三者的な存在は、一生懸命ヒントを出して、正解へ導こうとしているのでしょう。

 

自分の無意識な発言の中に、すべての答えがある。

そんな視点で自分の発言を振り返ると、正に吐血モノのご指導が山盛りです。

同じく日記も、凄いです。。

しかしコレは大抵の場合、本人にはまだ精神的なレベルが足りなくて、受け入れられない。

きっと、新人さんが精神的な成長をする最も最短な道は、家を出てバイトし自活する事。

現実的には、本人にはまだ無理(笑

だから、知識と能力は備え、優しくて甘い先輩たちの職場へ配属されました。

コレは甘くて優しい夫への課題にもなりました。

新人さんも就職して1年経ち、精神的な成長が何かあったから、少し厳しい先輩たちの部署へ、異動になったのかな?

 

日々修行、日々改善。

今日も皆様に良き事がありますように(^人^*

コスモスの教え

f:id:wildcat00:20201010050507j:image

ただ今、庭のコスモスが満開♪(^∇^)♪

ここまで来るのに、何年かかかりました。

このコスモスの種は、下関市のリフレッシュパークと言うところで、種を分けていただいたのが最初です。

広い公園で幼児向け遊具もあり、休日は家族でピクニックもよく見かけます。
http://refre-toyoura.com

 

こちらでは毎年コスモス祭りがあるのですが、当時1歳のおチビと遊びに行った時、刈り取り?しているところへ遭遇しまして、ここで職員の方から種を分けて頂きました。

我が家の庭は、ビル群を抜けるような吹き曝しの強い風が吹き抜けます。

 

おチビが2歳の年、早速種をまきました。

最初に庭に植えたコスモスは、まるでモミの木のように巨大に育ち、花が咲き始めてワクワクいていた

ら、台風の風で根元からポキンと折れました。。。

 

 

次の年、おチビ3歳。

やはりモミの木に大様に巨大に育ったコスモスの茎に沿って、添え木をしました。

やはり台風の強い風に、添え木ごと折れて倒れたり、茎から伸びる枝が折れ、その辺が茎だけになっていたり。

強い風の前に、全てがかわいそうな姿になりました。

 

次の年、おチビ4歳。

行動から玄関への道に沿って、群生するように植えました。

まるで柵を作るかのように、園芸用の支柱を組み、コスモスに添え木をしました。

コスモスの根元に支柱を打ち込む時、根を傷つけてしまう事に、心が痛みました。

道沿いに密集するようになり、1本ずつは細いですが、丈の小さなものは風に倒れず、数本残りました。

 

去年、おチビ5歳。

この頃はまだ、かすかにですが見えぬ存在からの声が感じ取れてました。
よく聞こえたピークは春で、あるきっかけから一気に消えていき、ちょっと寂しかった頃ですね。。。

 

庭には、去年のこぼれ種をそのままにしていたものが、芽を出して育っていました。
雨の少ない猛暑に乾く庭に、毎日、朝夕と水を撒きました。

私は台風に備え、太い添え木をホームセンターで購入しました。

去年と違い、立派な柵を作り、風から守ろうと思ったのです。


いいんだよ。
いいんだよ。
このままでいいんだよ。


とても優しい波動でした。
私の脳裏にイメージが届きます。


梅雨の前の乾いた季節。

植物たちは水を求めて根を伸ばします。

乾くからこそ根を伸ばし、少しでも多くの水を吸えるように、大地に広く、深くシッカリと根を張ります。

梅雨前の渇きに負けず、暑さに負けず、厳しい環境でも根を伸ばしきったものが、強い台風の風にも倒れず、花を咲かせ、種をつけます。

厳しい環境の中で、一生懸命に頑張ったものが、全力を出し切ったものが残ります。

 

ああ、そうか。
コスモスが懸命に根を伸ばそうとしていたのを、私は助けているつもりで、結果としては邪魔をしていました。

購入した太い支柱は、郵便ポストを置く棚になりました(笑
去年設置した支柱は、深く刺さって抜けないものを除いて、撤去しました。

去年のコスモスは、大きなものは台風の風で倒されましたが、残っているものもありました。



今年。
おチビ6歳。

私は庭に撒く水も最小限に抑えました。

余りに放置で、時々夫が心配して、水を撒いた程に(笑

コスモスの丈が伸びてきた頃、去年のこぼれ種なので、密集したところは間引きました。

抜いた雑草は全て、コスモスの根元に。

「ありがとう。肥やしになってね」

そう繰り返しながら、天然の防草シート兼肥料代わりに敷き詰めておきました。

後は、花の咲く頃に化学肥料を撒いただけです。

 

今、庭には何時も蝶や蜂、鈴虫達の気配に溢れ、数度の台風にも、倒れたコスモスは1本もありません。

 

苦しい時こそ、全力を出し切る。

ただ、無心に、己の全てを出し尽くす。

今年のコスモスは、なんと誇らしく、美しく、強く咲き誇っているのだろう。
優しい癒しの波動に包まれ、ただただ、感謝です。

ありがとうございます(^-^)

 

 

比べる

と、タイトル打ってから、無関係そうな内容でスタートしてみる(笑

 

猛暑のある夜、こんな夢を見ました。

前振りや細かい設定は覚えていませんが、何処かの校舎が、私の職場(笑

ある教室がすごい緑化されていて、そこで私は、スズメガの幼虫のような巨大な芋虫をゴロゴロ見つけました。

咄嗟に思った事は

「お世話しなきゃ!」

ちょっとウキウキして、色々準備しに向かうところで目が覚めました。

 

これって「吉夢」です。

学生時代にフロイトの心理学にはまって、その時の知識で夢判断や夢占いがすぐ出来ます。

そのフロイトが晩年に、こんな事を言っていました。

 

「『幸せ』や『不幸』を論じるようになったのは自分達の時代からで、以前は誰も言っていなかった」

 

古い記憶なので、実際の文面は違うと思いますが、大体こんな内容です。

フロイトは写真が残る近年の方で、この頃から、活版技術の進歩で本が身近になり、新聞が普及し、遠方や高い階級の生活等も、知られるようになりました。

ほぼリアルタイムでの、豪奢な生活や高い技術や能力・・・

写真付き(笑

対して、自分は・・・?

 

ここで、比べると、大抵は自分の方が劣っています。

劣等感が生まれます。

 

大昔は、ネットも写真も、新聞も、リアル遠い世界の情報を知る手段が殆どありませんでした。

だから、知らなかった。

ご近所に多少の差はあっても、皆同じ位の生活水準でした。

皆等しく貧しいなら、貧しさは気になりません。

皆でツギハギの服を着ていれば、ボロい服も気になりません。

でも、もし豪奢な貴族生活、裕福な家庭を知ったら・・・。

 

比べてしまう。

 

比べてで生まれる優劣。

多くは「劣」の方、劣等感。

これを源にして向上心を燃やせれば良いけれど、大抵は「闇」へと心を向けてしまいます。

心が闇へ向けば、外向的な方は周囲へ被害を出し、内向的な方は、自分の心を壊していきます。

 

フロイト精神科医

フロイトの時代は、情報の発展で多様な世界を知るようになり、自分と比べ、精神を病んでいく人達が、増え始めた頃。

現代は、ネットや携帯の普及で、沢山の情報が即、届きます。

 

比べる時代。

 

そして精神病が本当に増えました。

大分身近で語られるようになった「うつ」そして「自死」。


自死も、うつも、精神的なエネルギー不足。

気力の枯渇。

愛情の枯渇。

精神的なエネルギーの枯渇状態。

スタミナ切れ。

今の社会で、相手を理解するのが難しいのは、精神的に余裕がなくて考えられないのも?
お互い、劣等感から追い込まれて、精神的に枯渇状態。

劣等感の解消に簡単な手法は、優越感。

誰かを見下せばいい。

誰かを卑下すればいい。

周囲を下げる事で、自分が高くなったと錯覚し、優越感を得られる。

うつや自死のような、精神的なエネルギー不足は、人との関わりが減る事でもなります。

人との関り、ちょっとしたすれ違い際のあいさつでも、エネルギーは補充されるので、挨拶推奨運動もありますが。。。
嘲りや見下しの笑みで口にするあいさつって、強力な精神攻撃。

見返りに得ている優越感に、気付いている人は、本当に稀じゃないでしょうか。

 

「鬱の人に頑張るなは禁句」は、大分認知されてきた事ですが。。。

「頑張れ」と言う単語を使うな、と言う程度の認識では、足りないんです。

精神的なスタミナ切れ状態へ「頑張れ」って言うのは、フルマラソンでゴールして倒れ込んだ人へ「サボるな!」と言うようなもの。

でも、家に引きこもっている人を見て、世間的には「サボってる!」と感じる人が多いです。

うつは、精神的なエネルギーの枯渇状態。

心のスタミナ切れ。

エネルギーを使い尽くすほど、その人は頑張ってきたんです。

スタミナが切れるまで、走り続けて来たんです。

その人にとっての力の限り、精一杯、出し尽くしての、枯渇状態です。

それへ「頑張れ」と言うのは、「まだ出し切っていない」と言っているんです。

まだ本気でやっていない。

まだ全力でやっていない。

気力も尽き果てた人に、もっと出せるはずだから「頑張れ」と声をかける。

この「もっと出せる」とは、何を基準にして、判断しているんでしょう。

 

何と比べているんでしょう?

 

 

私は日月神示に出て来る考え方が好きです。

この書は預言書とか言われますが、私には哲学的な教えの書、に近いです。

この日月神示の記述で、こんなものがあります。

 

「一寸のびる草もあれば一尺のびる草もあるぞ、
一寸の草は一寸が、一尺の草は一尺が頂天であるぞ。
これが公平であり平等と申すもの。」

 

その人にはその人の能力があり、限界がある。

「私に出来るんだから、あなたにも出来る!」

違う。

貴方は貴方、その人は「貴方」ではない。

「貴方」と同じではないから、同じ結果は出ない。

「何故出来ないんだ!」

その「何故」はどんな意味ですか?

貴方の望む通りの結果ではない、と言う意味ではありませんか?

 

チューリップに「ヒマワリのように大きくなれ!」と言っても、なりません(笑

「何故高くならないんだ!」

チューリップだから(笑

 

こう書いてしまうと、すごく馬鹿らしいけれど。

もし、ヒマワリしか「花を知らない」としたら・・・

チューリップの丈が伸びなければ、その人が予想する結果とは違います。

正に「一寸のびる草もあれば一尺のびる草もある」のです。

ここで「新たな知識」を喜ぶなら光に。

「無知」を悔やむなら、闇に。

何て大きな、別れ道。

 

「皆出来ているのに、どうして出来ないの!?」

これも、同じです。

たまたま「皆」と言われる人達が出来ていただけで、出来ない人だっています。

 

皆、同じではない。

一人一人、違う存在。

 

量産された釘だって、極微小でも違いがあります。

石ころだって砂粒だって、誤差があります。

生きている人間だったら、尚の事。

 

一人一人の「個性」が大切にされる時代に。

そんな社会になれたら、きっと皆、しあわせ。

 

+-+-+

某ブログでうつと自死の話題が出ていて、コメ書こうとして長くなったから記事にしたのは秘密です( ´艸`)

無意識の存在意義

「無意識の存在意義とは」

私の学生時代の精神医学の知識なので、古いです。

でもこれが、近年の「成功をイメージする」を重視し始めた、大元になっていると思います。

・・・相当古い?(笑

現代医学?科学?なのかな?

なのに、太古からの神的な知識や魂的な教えと、重なる部分がとても多いと感じます。

同じイメージを、違う視点で語っているような。

世界中の数多の賢人が磨き上げた、素晴らしい学問です。

 

-+-+-+-

 

人の意識は大きく、有意識と無意識に分けられます。

 

人が自覚し、感じたり考えたりする有意識は、意識の中の5%未満の、氷山の一角。

意識の殆どは無意識が占めています。

無意識は、もし現代技術で機械化したら、地球と同じか、それ以上の大きさになる程のスーパーコンピューター、でしょうか。

 無意識の中には、生まれてから今までに受けた刺激・情報が蓄積されています。

視界に映ったもの、聞き取ったもの、肌で感じたもの等々、生まれてから得た全ての情報が収拾され、記録、保管されています。

誰でも経験があると思いますが、たまたま通った雑誌コーナーで自分の気になる本を見付けたり。

聞き流していたTVやラジオに、好きな芸能人ネタが出て注目したり。

日々、周囲に流れる膨大な情報の中、有意識が気になる情報があれば、無意識はすぐにそれへ意識を向けます。

 

そんな、無意識の存在意義。

それは、有意識のイメージと現実を近付ける事

精神医学的に、無意識に「人格」も、「言葉」もありません。

まるでPCのように機械的に、有意識の動向に反応して働きます。

有意識が「こうなったらいいなぁ」と、脳内でイメージしたもの、映像を、常に背後で監視していて、現実化しようとします。

 

良くある例で、仕事が定時で終わったら映画を見に行こう、と考えます。

仕事量も効率良くこなせば、定時で終業出来る位。

ここで有意識は、二つのタイプに分かれます。

「見れる」「見れない」か、です。

 

 イメージするとしたら、「上演時間に間に合って映画を見る自分」。

または、「上演時間に間に合わず、映画が見れない自分」。

 

もし自分が疑いなく「見れる」とイメージ出来ていたら、無意識は現実化に向けて動き出します。

無意識内の記憶庫にある情報を駆使し、仕事の効率化の為に必要な知識や技術を有意識に送ります。

また現実化に障害となる事象、例えばコップが倒れそうとか、有意識に気付かせ、或いは無意識が身体を動かして防ぎます。

視野の端の時計に意識を向けたり、電車時刻や仕事の進捗など、時間を逆計算して間に合うように意識に上げます。

無用な刺激、例えば雑談等が聞こえても、有意識に認識させないようにします。

無事、上演時間に間に合い、イメージ通りに映画を見れたら、「見れる」の現実化作業は終了です。

 

もし、自分が少しでも「見れない」とイメージしたら。。。

「間に合うかな?」と不安に思ったら。

その瞬間イメージした映像。。。

無意識には「映画に間に合わず、見れない自分」と言う映像がイメージとして伝わります。

すると無意識は記憶庫を駆使し、仕事の効率化に必要な知識を封印し、余計な雑用を思い出させたりします。

コップが倒れそうなのを防げたのに放置し、倒れるままにして邪魔をし(笑

無意識は与えられた「見れない」イメージの現実化に励みます。

時計を意識から外し、気が付けば「もうこんな時間!」とか。

雑談が気になるようにして、話し込ませたり。

結果、「見れない自分」は現実化し、作業終了

 

「成功するイメージを!」のフレーズは、この無意識の存在意義を理解して、初めて意味を成します。

イメージがぶれるから、無意識の働きもブレます。

この無意識を都合よく利用するために、自己暗示などの様々な技法が発表されています。

無意識の働きを理解し、使いこなしてる人は、本当に稀(笑

強く願えばどんな願いも叶うのかといえば、そうではなく。

余りに漠然としたイメージでは、無意識には伝わりません。

よくある落とし穴で、成功に憧れる場合、「成功に憧れている自分」をイメージしています。

成功していないから、憧れている。。。

成功したら憧れもなくなります。

イメージ通り「憧れている自分」が現実化され続けます。

やはり無意識も己の限界を知っているのか、実現不可能な願いはどんなに強く願っても叶いません。

ただ、己に可能な範囲内で「近づく」事は出来ます。

それは、どれほど強く、具体的に、最高のイメージを脳内に維持出来るか。

そして、反対のイメージの生産を、どれ程抑えられるか。

少しでも「もし━━」と思ったら、無意識は反応します。

 

 -+-+-

 

 

書き出してみると、波動や言霊の話に、すごく重なる部分がありますね(笑

まるで、太古の叡智を、現代風に置き換えたよう。

それとも現代の学問が太古の叡智に追い付いたのか。。。

近年は量子力学も入って来て、また面白くなってきてますよね(笑)

 

たまに「脳が大きいと知能が高い」っぽい説が出ますが、違います。

賢い人とそうではない人の、脳の違い。

それは「脳細胞の使用率」。

大きさも然程変わらない脳の中で、どれ程の脳細胞に電流を通したか。

一般的には、脳細胞の使用率は10~15%。

東大主席レベルで20~25%。

そして、天才と呼ばれる脳の使用率は35%以上。

ホルマリン漬けされたアインシュタインの脳細胞は、約40%に電流が通り、使用されていた調査結果が報告されています。

アインシュタインって確か、左右の脳の大きさも違うんですよね(笑

 

よくお馬鹿扱いされるニワトリさんですが、育てた環境次第で犬猫並みの知能を発揮します。

ニワトリだって育て方次第で大好きな飼い主の膝に仰向けになって甘えたり、来客にやきもち焼いたりもします。

また人間も、自立する訓練も知育も何の刺激もなく育つと、知的・身体・精神面に、確実に重度の障害が出ます。。。

現状は自分を映す鏡

初夏に波一つ去って、落ち着いた頃から、この波は何の為に来たのだろう?と考えてます。

人生に無駄な経験は一つもなく、全てが良き学び。

ならこの波は、私に何を教えたかったのか???

「謝罪だけしてればいい」

無抵抗に、従順に謝罪を繰り返す。。。?

違うなぁ。

これでは相手にも良い結果になりません。

   

波が去って、落ち着く程に、すごく心に引っ掛かっている事があります。

「私は思い上がっていないだろうか?」

「威張っていないだろうか?」

「他を見下す事で、自分は(他より)価値が高いと感じていないだろうか?」

「低く低く、謙虚になれているだろうか?」

日月神示に何度も出てくる「低きに流れて来る」の教え。

私に高く思い上がった心はないだろうか?

低く低く、謙虚に出来ているだろうか?

低くと言っても、己を卑下するのではなく。

腐る事無く。

相手をおだて、へつらうのではなく。

謙虚にと控え過ぎて、卑屈になっていないだろうか? 

自問自答を繰り返して、内観を深める。。。

色々見えて来るんですよね(笑

もっと自分に自信を持たなきゃー、とかw

 

 

この世は様々な要素がバランスを取り合っています。

例えば磁石の「プラス」と「マイナス」。

「SとM」のように、「虐めたい人」と「虐められたい人」は引き寄せ合う(笑

需要と供給でバランスが取れている?

何時も愚痴を言っている人には、また愚痴を言いたくなる事が巡ってくる。

 

今の自分はどうなのか?と思うなら。

自分の現状を、他者の視点で観察すると、見えて来る。

私は魂の勉強を始めるまで、もう幼稚園時代から「自分はダメだ」「居るだけで周囲に迷惑をかける」と、ずっと自分を虐げてきました。

自殺未遂は小1からと言ったら、東大の教授様も驚いていました。

 

今だから解るけど。

「自分はダメだ」と言う思いを発すると、そう思わせる事象が起こり、「お前はダメだ」と言う人が集まる。

これは引き寄せの法則なのかしら?

まだ、過去数十年分の「自分はダメだ」と思い続け、引き寄せた余波が残っているけれど。

「自分はこれで良いんだ」と、思いを変え始めてから、周囲も変わってきました。

 

自分が悪い波動を発すれば、悪い波動が集まって来る。

だから、自分が変われば、周囲も変わる。

 

相手の悪口を言い続けている人には、相手がいなくなっても、また悪口を言いたくなる新たな「相手」が現れる。

悪口を言うのを止めて、褒めるように、変えて行けば・・・?

また褒めたくなる人が現れる。

感謝すれば、また感謝したくなる事が、起こる。

それが「何時?」かは、解らないけれど。。。

 

これが「引き寄せの法則」なのかしら。

でも実際には、悪口を止められない人は、スパッと一言も悪口言わなくなる、なんて出来ないし(笑

言わなくても、心で不平不満を思えば、それが悪波動となり、また不平不満を思いたくなる事がやってくる。

 

これもまた、魂の修業。

 

今の自分の現状はどうだろう?

今の現状は、過去の自分の行いが作ったモノ。

例え今が辛くとも、心して悪波動を出さず、良い波動を出し続ける。

少しずつ少しずつ、善き未来へ。

日々修行、日々改善。

全ての事に、感謝を。

 

ありがとうございます♪(^人^*

日の出と虹と

f:id:wildcat00:20200902060300j:image

 

ずっと雨も降っていないのに。

日の出の朝日を浴びた雲の間に、綺麗な半円の虹が出ていました。

あっという間に消えていって、雲に隠れて見えなくなりました。

 

綺麗でした〜♪(^-^)